盛の酒粕として産業廃棄物として捨てられてきたカシジェー。
しかし与那国島の食卓では、変わらず食べられてきた滋味深い日常食だ。
2025年10月に設立された「カシジェーアンバサダー協会」は、その現実に正面から光を当てるための器である。
台所で再現できる調理法と衛生の基準を整え、家庭の言葉で語り直す。
作る人・伝える人・食べる人が同じテーブルを囲み、知恵を循環させる。
難しい規約ではなく、口伝の温度で、でも確かな運用として続けていく協会だ。
やることはシンプル。まずは学び、作り、確かめ、また次に手渡す。
泡盛の「仕次ぎ」のように、少し抜いて確かめ、少し足して託す。その小さな往復を積み重ねていく。
物語の芯——女王が掲げる旗、受け継がれる視点
旗を持つのは「カシジェーの女王」こと田中えりさん。
田中さんを支えるのは、伝統を飾り物にしない蔵・神村酒造の中里陽子さん。

田中さんは元CAとして空の礼儀を身につけ、講談社から著書も刊行する語り手である。

華やかな経歴の奥には10年に及ぶ弁護士への挑戦と、その挑戦を静かに終える決断がある。
その挫折は行き止まりではなく曲がり角だった。
沖縄へ渡り、先人の生活の知恵に手で触れ、台所が記憶を守る場所であることを知る。
無駄を出さない工夫、手間を愛でる姿勢、命に礼を述べる作法。それらが一本の道になったとき、「全国に伝える」という願いは、現場で働く意志に変わった。
田中さんの一冊は、16種の家族料理と生き方を通して、沖縄の「普通の暮らし」の尊さをまっすぐに描いている。
重箱料理の活用から生まれた煮付け
その煮付けを潰して赤ちゃんの離乳食にするプットゥルー
冷蔵庫のない時代の保存の知恵豪華さではなく、静かな豊かさ。戦禍の傷を抱えながらも台所を拠り所に生き抜く姿。その視点は、そのままカシジェーの思想の核でもある。
与那国からの灯——生かされる知恵と、受け継ぐ覚悟
田中さんが「女王」と呼ばれるに至る物語には、与那国の青年・與那覇有羽(よなはゆう)さんの存在がある。クバの葉などで作る民具の魅力を伝えていた彼が、田中さんに教えてくれたのがカシジェーの本当の顔だった。
本島では名前すら遠のいた食べものが、与那国では栄養価の高いごちそうとして当たり前に食べられているという事実。
それは、捨てられているのではなく、生かされているということ。
ところが、有羽さんは病に倒れ、一時は意識不明の重体となる。
彼に代わって普及を担うと田中さんが腹を決め、活動は2023年から本格的に動き出した。現地で聴き、家で作り、記録し、伝える。肩書きのためではない、責任の名前としての「女王」がここに生まれた。
小さな輪を、静かに広げる
ここからは、仲間を募る。アンバサダーは、カシジェーの魅力を発信する伝道師として活躍してもらう。
特別な資格は要らない。
ただし、与那国のやり方を敬い、沖縄らしさと先人の知恵を継承していく意識があること。
それが条件だ。
元CAでも、子育ての最中でも、管理栄養士でも、手仕事の作り手でもいい。肩書きや経歴にとらわれず、みんなが同じ目線で。暮らしを編み直す、その入口にカシジェーを置く。
応募してくれた人には、現地の知恵を土台にした基礎講座と、琉球泡盛の歴史、そして、現代におけるカシジェーのレシピと扱い方の指導をし、アンバサダーとしての「在り方」や「発信方法」も伝える。
数字も味も心持ちも、みんなで継ぎ足していく。やがて各地に小さな記録が増え、作る・食べる・語るの輪が静かに広がっていく。気づけば、やっかいものはごちそうへ、副産物は誇りへと名前を変えているはずだ。
約束する風景——台所に続く物語
あわせ式の甕が未来の乾杯を約束するように、カシジェーアンバサダー協会は、日々の食卓に続く物語を約束する。
与那国から受け取った宝を、次の台所へ。
カシジェー料理教室への参加や取材、そしてアンバサダー応募の連絡は、一般社団法人カシジェーアンバサダー協会まで。あなたの家の一皿が、この物語のつづきをおいしくしていく。
田中えりプロフィール

2025年10月、一般社団法人カシジェーアンバサダー協会設立。
著書:沖縄いつもの家族ごはん(2022年講談社)の取材で訪れた与那国島で、カシジェーに出会い、沖縄の伝統酒泡盛の蒸留粕カシジェーを活用するカシジェー料理研究家、カシジェーの女王として活動。












